夕暮れ

ある日の夕暮れ、用事があり僕は大学通りを歩いていた。大学の両側にある自転車置き場にさしかかったところ、一人の少年が道の真ん中で、地団駄を踏みながら「ううう!」「あああ!」と泣き声とも、うなり声ともつかないような声をあげている。


「何か悪さして、お母さんに置いていかれたのかな?」と思いしばらく見ていたがそれらしき人も見当たらない。通り過ぎる人たちは気に留める様子もない。彼の様子は激しさを増してきた。思い切って「どうしたの?」と声をかけてみた。


「自転車が、ないーーーーーっ!」そっか。そーゆーワケだったんだ。自転車なくちゃ帰れないよな。
「どんな自転車?」「ここにね、トーマスが付いてて…」「色は?」「赤…」
小学校一年生くらいだろうか。女の子みたいに華奢な少年だ。

「君のウチはどこ?」「坂を下って、まりえちゃんのウチがあって…」


こりゃダメだ。町名も言えないんじゃ分かりっこない。駅前の交番につれていかなきゃならないかも。用事は、もう諦めよう。


「早く探さないと暗くなっちゃうしさ、一緒に探そうよ。別の場所にあるかもしれないし。どのへんに停めたの?」「ここ!」彼は半ベソかきつつ素直についてきた。この駐輪場に何十、何百台あるのか知らないが、こーなりゃ端っこからしらみつぶしに探すしかない。


探すこと10分。「あった!」トーマスのついた小さな赤い自転車はあっけなく見つかった。


「じゃーね。気をつけて帰るんだよ」と言うと、振り返ることもなく、夕闇の中へ少年は一心に自転車を漕いでいった。